@article{oai:hokurikugakuin.repo.nii.ac.jp:00000268, author = {楠本, 史郎}, journal = {北陸学院短期大学紀要, Bulletin of Hokuriku Gakuin Junior College}, month = {}, note = {聖書は神の言葉と信じられるがゆえに、大きな影響力を持つ。しかし原典においては、旧約はおもにヘブライ語で書かれ、新約はギリシア語で記されており、それを理解できる人々は限られる。そこで聖書は各国語に翻訳され、広く読まれるようになった。その訳出の作業自体が聖書解釈を含み、訳によっては原語とは別の意味が伝えられ、あるいは内容そのものが変わってしまう可能性がある。しかもひとたびなされた翻訳が、広く社会全体に大きな影響を与えることにもなる。その第1の場合として、前回「聖書翻訳史の光と陰 上」では「召し」という語を取り上げ、それが翻訳によってどのように職業倫理と結びつき、近代産業社会を生み出す一つの挺子となったかを、マックス・ヴェーバーの聖書理解とそれによる所論を手がかりとして取り上げ、その聖書釈義的な妥当性を検討した。本論文では、第2の場合としていわゆる「らい病」を取り上げる。各国語聖書にこの訳語が当てられたため、長期にわたり、ハンセン病者に対する偏見と差別を助長する結果となった。聖書の原語が持っていた本来の意味を釈義的に考察し、新約においてその祭儀的、律法的枠組が克服されていることを確認する。そのうえで、この語が歴史的にどのように翻訳され、本来の意味を離れて用いられるに至ったかをみる。これらにより、聖書が翻訳によって歴史にどのように関わったかを検証する。}, pages = {1--15}, title = {「聖書翻訳史の光と陰」下}, volume = {40}, year = {2008} }